【1】燻製せずに生食できる生ハムパンチェッタを作る:安全性についての考察

生ハム自作

冬は空気中の雑菌が減り気温が下がり湿度も下がる。
発酵、乾燥など保存食品を作るのに最適なシーズンである。

今回は生ベーコン、俗にいうパンチェッタ&生ハム、俗にいうプロシュートを自家製する。
過熱前提のタダの塩豚ではない。
しっかり熟成させ乳酸発酵を経た安全で生食可能な市販品相当のものを目指す。

まずは最も重要な安全性についての考察を行う。
今回はウンチクと考察のみでレシピの構築と掲載は次回以降を予定している。
レシピだけ知りたい人はそちらを参照のこと。
作ってみたら是非理屈を一緒に考えてみてほしい。

では早速。


※このコンテンツは思いつくことがあったら都度更新する予定です。

・2018.12.26 : 寄生虫に関する記述を追記


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●仕様

・なんの心配もなく生食できること(安全性)
・肉屋さんで普通に購入できる豚バラ肉ブロックを使う
・塩抜きしないでも食べられる塩分濃度であり腐敗リスクを極限まで抑える
日持ちしない危険なレシピの使用をやめるためのガイドラインになるような考察を行う。


●安全性についての考察

食べ物としての安全性を考える

一番重要な安全性について考察していく
せっかく作ったパンチェッタをビクビク怯えながら食べるのは性に合わない。
このブログを読んでくれている方も一番の心配は「安全性」じゃないだろうか。
食べ物はやはり安心安全であるからこそ美味しい。
理論的に考察して不安要素を徹底的に潰してから作成に取り掛かることとする。


考えられる主な生食によるリスク

①空気中バクテリアによる腐敗(食えない)
②一般的な食中毒(お腹壊す)
③トキソプラズマや各種寄生虫との接触
④ボツリヌス菌とボツリヌス毒素(死ぬ)
要するに見えない脅威(菌、ウイルス、寄生虫)ではないだろうか。
見えない彼らが活動できない環境を整えることでリスクを低減する方法を考える 。


考察の前提条件として

肉塊の中心部は無菌状態である。
なぜならば、肉の中に菌がいたらその豚はかなり重篤な病気であるからである。
そのような状態の食肉は端から市場に流通しないだろう。
ということは、菌、バクテリアが存在しているのは、表面(機材、人、空気が触れる部分)のみと言えるのではないだろうか。
故に表面付近の※乾燥状態を作り出しさえすれば、干し肉の衛生状態は保たれると言うことになる。

巷にあふれている「フォークなどで肉に穴をあけてから塩を塗る」のは
わざわざ綺麗な無菌状態の肉塊の内部を汚染しているといっていいだろう。
冷静になって考えてみてほしい。
市販のパンチェッタは肉に穴が開いているだろうか?
私はそんなパンチェッタは見たことがない。
最初に考案したのはどなたか存じ上げないが、これから熟成させようという肉に対しての加工としては愚の骨頂である。
ダメ!絶対!
「なんとなく」衛生的。「なんとなく」良さそう。は排除しましょう。

※乾燥状態:自由水が極端に少ない状態のことを指す。


熟成中の腐敗と一般的な食中毒について考える

①と②について考えてみる。
豚肉の表面を乾いた塩で一気に脱水して衛生状態を作り出す「乾塩法」。
肉の表面に直接塩を塗り込み塩で水を奪うことにより自由水を減らして防腐を狙うという仕組みなのだろうかと想像している。
初期の中心部は水分をある程度残したままジックリと塩分が高まり保存食として成り立つ。
バクテリアなど微生物は食品中の※水分活性が概ね0.8以下になると食材に寄生することができない。
仮に菌が食材に付着したとしても生息、増殖することはできないので、肉の衛生状態は保たれるという理屈である。
ということは 前提条件の「肉中心部は無菌」に従えば表面数mmのお肉の水分活性が0.8以下になっていれば良いという事になる。
乾塩法は食材に直接塩を塗り付ける方法のため肉表面付近の塩分濃度は相当に高いものになると思われる。
よって熟成初期に自由水の少ない状態を迅速に作り出せる。
とても理にかなった保存方法であることがわかる。

以上の食品の特性から下記考察をしてみる。

※水分活性については下記URLを参照。資料はググればたくさん出てきます。
http://www.jfrl.or.jp/jfrlnews/files/news_no38.pdf


製造するための環境と方法

・使用する塩の量は肉に対して約3~6%とする(一般的なパンチェッタの塩分量)
大阪検疫所食品監視課HPでは肉塊を材料とする加工食品の場合の塩分量は6%以上と指導している。

2項(2)の⑤
イ) 食肉の塩漬けは、乾塩法により、肉塊のままで、食肉の温度を5°以下に保持しながら、食肉の重量に対して6%以上の食塩、塩化カリウム又はこれらの組合せを表面の脂肪を除く部分に十分塗布して、40日間以上行わなければならない。

出典:大阪検疫所食品監視課HP 食品別の規格基準(食肉製品) より

・表面が乾燥するまでは可能な限り低温の環境に置く
⇒バクテリア雑菌(以下コンタミネーション)の活動を低下させる。
例えば、罹患率の高いカンピロバクターの場合は30℃以下の環境は必須である。
菌種により生息条件は様々ではあるが冬なら暖房のない室内で充分である。
何はともあれ低いに越したことはない。
野菜室やワインセラーなどが良さそうである。
・極端に不衛生な取扱をしない。
⇒ウ●チつけたりしない。(極端)
・乾燥に強いウイルスの付着がないように管理する
⇒野外乾燥はノロウイルスなどの付着リスクが高まる。(例の飛沫感染である)

以上の条件から一般家庭では冷蔵庫内乾燥がベストなのではないだろか?

内閣府、食品安全性委員会の食品安全性評価システム掲載の情報を参考にさせていただいた。
鶏肉中のカンピロバクター ジェジュニ/コリ


表1 カンピロバクターの増殖可能条件
項 目 範 囲 備 考
温度 30~46℃ C. jejuni の至適温度は 42~43℃
pH 5.5~8.0 至適 pH は 6.5~7.5 であり、pH5.0 以下又は pH9.0 以上では増殖しない。
水分活性 0.987~ 至適水分活性は 0.997
酸素濃度 5~15% 微好気性菌

(出典:Microorganisms in Foods 5、参照1)

(参考)鶏肉の特性
項 目 範 囲 備 考
pH 5.7~5.9
6.4~6.7
胸肉
もも肉
水分活性 0.98~0.99
(出典:Microorganisms in Foods 6、参照2)

出典:内閣府食品安全性委員会 鶏肉中のカンピロバクター ジェジュニ/コリ より

 


寄生虫、寄生生物について

大きさは菌やウイルスに比べると大きくなるが対策は同じでよいと考えられる。
ただし、寄生生物の場合筋肉中に生息している。
この場合塩蔵してからの日数をある程度確保する必要があると思われる。
理由は肉質中の塩分濃度が均一に拡散するまでの時間と乳酸発酵。
前出の”2項(2)の⑤”の

6%以上の食塩、塩化カリウム又はこれらの組合せを表面の脂肪を除く部分に十分塗布して、40日間以上行わなければならない。

出典:内閣府食品安全性委員会 鶏肉中のカンピロバクター ジェジュニ/コリ より

この「40日間以上」は筋肉中の滅菌のための乳酸発酵により肉質中の寄生虫卵などの失活が目的であると思われる。
やはり6%が水分活性の観点から十分な安全率を見込んだ上で安全性を確保できる最低限の塩分量なのではないだろうか。

また、日本国内で流通している国内屠殺の豚食肉に関しては寄生生物の有無は全頭検査がされており
検出した場合には流通することが無い。(そもそも検出数は年間数頭である。)
リスク低減の意味も込めて国内産国内屠殺の食肉を材料として使用するほうが安全性は高いだろう。

東京都福祉保健局HPによると冷凍処理が有効であるとの記載がある
例えば-5℃で4日間冷凍処理を行えば条虫の類は完全に失活できるというデータも提示されている。
塩分量を控えた場合には安全性確保のために活用出来るのではないだろうか。


ボツリヌス菌とボツリヌス毒素について

これについては、発生してしまったものを生食すると死ぬ。まじで死ぬ。
自作生肉を食って死ぬとか周囲の人に迷惑この上ないので
絶対に死なないように作ることを約束してほしい。
ということでまずは敵の理解からはじめる。

・ボツリヌス菌の毒について

東京都福祉保健局のHPに詳しいことが出ていたのでそちらを参照させていただいた。

【ボツリヌス菌による食中毒予防のポイント】

  1. 容器包装詰加圧加熱殺菌食品(レトルトパウチ食品)や大部分の缶詰は、 120℃4分間以上の加熱が行われているので、常温保存可能ですが、これとまぎらわしい形態の食品も流通しています。
    「食品を気密性のある容器に入れ、 密封した後、加圧加熱殺菌」という表示の無い食品、あるいは「要冷蔵」「10℃以下で保存してください」などの表示のある場合は、必ず冷蔵保存して 期限内に消費してください。
  2. 真空パックや缶詰が膨張していたり、食品に異臭(酪酸臭)があるときには絶対に食べないでください。
  3. ボツリヌス菌は熱に強い芽胞を作るため、120℃4分間(あるいは100℃6時間)以上の加熱をしなければ完全に死滅しません。そのため、 家庭で缶詰、真空パック、びん詰、「いずし」などをつくる場合には、原材料を十分に洗浄し、加熱殺菌の温度や保存の方法に十分注意しないと危険です。 保存は、3℃未満で冷蔵又はマイナス18℃以下で冷凍しましょう。
  4. 食中毒症状の直接の原因であるボツリヌス毒素は、80℃30分間(100℃なら数分以上)の加熱で失活するので、食べる直前に十分に加熱すると効果的です。
  5. 乳児ボツリヌス症の予防のため、1歳未満の乳児には、ボツリヌス菌の芽胞に汚染される可能性のある食品(蜂蜜等)を食べさせるのは避けてください。

出典:東京都福祉保健局HP 食品衛生の窓 ボツリヌス菌 より

まとめると
ボツリヌス毒素が発生してしまった場合は
ⅰ,「120℃4分以上の加熱が必要」
ⅱ,「100℃6時間の加熱が必要」
ⅲ,「食べる直前に80℃30分or100℃で数分」

の処理が必要とのことである。
ⅰ,ⅱはもはやパンチェッタではなく塩豚の煮込みである。(論外)
ⅲは直前に表面をフライパンで焼くor火で炙る。こちらはいつものラーロウで行っている方法である。
こんがりしていてうまいが、生食ではない(論外)

今回の最適解としては「ボツリヌス菌に活動をさせない」ではないだろうか。
東京都福祉保健局のHPによると

菌の特徴は
写真:ボツリヌス菌 ボツリヌス菌は土壌や海、湖、川などの泥砂中に分布している嫌気性菌で、熱に強い芽胞を形成します。
ボツリヌス菌の芽胞は、低酸素状態に置かれると発芽・増殖が起こり、毒素が産生されます。
この毒素は、現在知られている自然界の毒素の中では最強の毒力があるといわれ、A~Gまでの型に分類されています。

出典:東京都福祉保健局HP 食品衛生の窓 ボツリヌス菌 より

ここからわかることは

・奴(ボツリヌス菌)はそこいら辺に普通にたくさんいる
・奴の毒素を食ったら基本的に死ぬ
・奴は嫌気環境(低酸素状態)に置くと元気になる

要するに奴の付着を防ぐのは不可能なので予防方法としては嫌気環境をつくりださない事しない。
仕込みから食べるまでの間「肉の表面を常に空気にさらしておけば良い」ということになる。
酸化が進むが安全には変えられないので致し方ない。
ラップでくるんだり、ジップロックに入れたりなど一見感覚的には衛生的に感じるが
厳密な意味での衛生状態が保証されない環境での密閉(低酸素化)は絶対にしてはいけない。
”綺麗な感じ”がするのが良いのか”安全な生肉を食いたい”のかという話である。
奴の毒の餌食になりたくなければ一般家庭環境で密閉はダメ!絶対!である。

この理屈でいくと一時期、干し肉界隈を騒がせた「ピチッ●シート」を使用すると
奴の毒の餌食になる確率が上がるということになる。
結局、昔ながらの製法が一番という結論になる。


完成の目安とするもの

もう一つ重要な指標があった。
いくら環境を整えても、完成前に食べてしまっては菌やバクテリアはまだ活動している。
数値的にロジカルに判断する方法を考察する。

水分活性を完成目安の指標とするドキュメントは多く見つかった。
しかし、この場合には高価な専用の計測器が必要になることが分かった。
そのほかの方法で具体的な数値に言及した文献が手にはいらなかったため、今回はO’REILLYジャパンの発酵の技法の357ページに記載の
乾塩法の基本に記載された「元の重量の1/3減ったところで完成」というのを参考にし今回の指標にしたいと思う。
残念ながら定量的なデータの基づく判断ではない。(無念)
もとの仕込み時塩を塗り込んだ直後の重量を必ず計量しておくこととする。


次回、考察結果のまとめを行う。

(つづく)


 

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